
この物語に出てくる励ますさんとTwitter活動をしている”励ますさん”。少し混乱する方もいらっしゃるかと思いますが両者の違いは物語を読んで行けばいずれ分かります。
さて、励ますさんと出会った私はこの後どうなるのでしょうか。
では、続きをどうぞ。
第1章_2 新たなる門出 私の名前は『神崎誠(かんざき まこと)』だ。 先日、帰り道に『励ますさん』に出会った。 彼女は不思議な人だった。 あれから数日経つが、再び出会うことは今の所ない。 彼女と出会ってから数日間考えた。 そして、春の大会で良い結果が出れば、大学へは陸上で進み、良い結果が出なければ陸上は諦めて、他の進路を探そうと、ようやく自分の中で決心することができていた。 その分岐点となる大会は今週の土曜日にあったのだが…。 結論から申し上げると、つい先ほど大会は終わっていた。 決勝までは進んだものの、「良い結果」、と言えるだけの成績は到底残せなかった。 「これまで努力はそれなりにしてきたつもりだ。もし今回の大会で良い記録が残せなかったら仕方ない、折り合いをつけて他の進路を考えよう。」 と心に誓ったのだが、いざダメだった時の気持ちを表現するならば、シンプルにショックだった。 最後の試合、というものは意外にもあっけなく、その終わりを告げた。 意気消沈していた私は、帰りの電車の中でいつのまにか眠っていたようだ。 電車を降り、歩きながら考える。 「陸上がダメだったら就職か?いやいや陸上のことばかり今まで考えていたから、就職と言ってもやりたいことなんて思いつかないし…。やっぱり勉強して大学かな。そういえば最近、勉強するならこの大学が良い、って思ったところあるんだよな。でも勉強か…。」 明日は日曜日なので、ひとまず明日、もう少し大学のこと調べてみることにした。 私が改札を抜けようとすると、励ますさんが、改札の向こう側にいることに気付いた。 彼女も私に気付いた様子で、私を確認するとすぐに、ヨッと挨拶をしてきた。 「あ、にいちゃん!!お疲れやったなー。試合頑張ったんやな。どうやった?」 『励ますさん』の力を使えば何も聞かなくてもわかるだろうに、敢えて尋ねるのは、どうやら私のことを気遣ってくれているかららしい。 「頑張ったんだけどね、良い結果出せなかったよ…。」 私はうつむきながらそう言った。 「にいちゃん。つらいやろうな…顔見たらわかるで…。今まで必死に頑張ってきたんやもんな。」 その通りだ。 私は中学の頃から陸上一筋で頑張ってきた。 それは夢のためだった。 けれど今、その夢を諦め、別の道へと、これから向かおうとしている。 その一歩を今、進み始めななければならない、そう感じた。 私は言った。 「励ますさん、明日、時間ある…?」 それを聞くと彼女の表情は、先ほどのどこか悲しげな様子から、にっこりとした表情へと変わった。 「にいちゃん、切り替えできたみたいやな、えらい!時間は大丈夫やで、うちはいつでも暇やからな。なんでも付き合ったるで!」 どうしてだろう。私の勘が、励ますさんと一緒に過ごしてみろ、そう言っている様だった。 それは、もしかしたら、これから一人では心細かったからかもしれない。 それでも、この勘を頼りに励ますさんに今後色々と相談していこう、そう思った。 「励ますさん、初めて会った時も、今も、変なやつだなーと思うのは変わらないけど、これからいろいろ進路のこと相談してもいい?」 私がそう言うと、励ますさんは、しかめっ面になってこう言う、 「変な人と思うなら相談しなくてええわー。うちショックやな…。せっかくにいちゃん励まそうおもうて改札で待っとったのに…来んかったらよかったわ。」 私は再びうつむいた。 「ごめんて、にいちゃん、そんな『しゅん』てされたら、うち困るわ。冗談や、な?」 こうして、何か進路のことで悩んだ時は、励ますさんに相談に乗ってもらう約束を結んだのだった。 帰り道、しばらくすると、彼女は進路について質問する。 「にいちゃん、勉強で大学行こう思ってるんやんな。どこの大学行ってなにするんかは決めとるん?」 どこの大学で何をしたいか。 これは大学受験の最終到達地点だ。 私は志望大学名と学科を答えた。 「決まっているよ、関西学院大学、総合心理科学科へ行って心理学の勉強をする。」 このあいだ、ふと、学校の図書館に立ち寄った時に、たまたま目に止まったものが、大学について書かれている本だった。 その本に惹かれ、読み進めるうちに私は、この学校のこの学科がおもしろそうだ、と興味を抱いたのだった。 ただ一つだけ、腑に落ちない点があった。 「にいちゃん、心配ごとがあるようやな、大丈夫や、言ってみ?」 ここぞと言う時に鋭い一言が入る。 だから相談役に励ますさんを選んだのかもしれない。 私は、悩みを励ますさんに言うことにした。 「大学へは心理学を勉強しに行きたい。それは単純にひとって何か、人の思考とか行動がどういうところから来ているのか、どう関係があるのか、性格って何かとか、そういうことを実践的に学びにいきたいと思ったからなんだ。けれど将来仕事をする上でカウンセラーとかの心理職に就きたいかって言うとそうでもなかったりする。将来したい仕事ってまだきちんと決まっていないんだ。」 彼女は真剣な表情をして、こう答えた。 「つまり、大学へ学びにいくことと卒業後の就職先で使う専門スキルが一致せんかもしれんいうことやな?それでも自分の学びたいことのためにその大学目指してええんかって悩んでるんか?」 自分の言いたかったことを、綺麗に要約したその言葉は、私をうん、うんと頷かせた。 彼女は続けた。 「うちは別にそれでええんちゃうか思うけどな。実際、大学に法律を学びに行ったからって、就職も法律に関する仕事を選ばなあかんなんて決まりはあらへん。実際、学んだ専門科目と全く関係ない職種に就く人も意外といるんやで。大学の間に学びたいこと学んで、在学中に本当に将来自分がしたいこと見つける。それでもええんちゃうんかなってうちは思うけどな。」 なるほどそういう考え方もあるのか、私はそう思った。 なんだか、先の見えない暗闇から抜け出せたような感じだ。 そしてようやく、『ようこそ、大学受験の世界へ』、そんな脳内音声とともに、新たなスタートラインへと立てた気がした。 「にいちゃん…?大丈夫か??」 心配そうな励ますさんの顔が、私を覗き込む。 励ますさんの言葉で我を取り戻した私は、目をパチパチとさせた。 「励ますさん…本当にありがとう。俺、これから頑張る!!」 そうか、何も、専門で学ぶこと=将来の職種、とくくってしまうことはない。 大学では学びたいことを学ぼう。 そして、将来したいことはまだないけれど、大学に入ってから模索して、それから叶えるための努力をしても決して遅くはない。 大学というところは、もちろん専門知識を学びに行く場だ。 だけど同時に、将来の自分の生き方を模索する場でもある、そう感じたのだった。 私の受験はここから始まる
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